アミアン Amiens

 

2007年2月、パリから北に列車で1時間ほどのアミアンを訪れた。フランス最大のゴシック式大聖堂で有名な町である。アミアンの人口は13万6千人ほど (2006年) 、周辺を含めた都市圏人口は29万人ほど (2009年) である。

アミアンは2度の世界大戦で大きな被害を蒙った。第一次大戦の被害が癒えないまま、第二次大戦の砲火にみまわれ、1940年5月にはドイツ軍によって占領された。1944年にはイギリス空軍による爆撃によって市街が大きく破壊された。幸い大聖堂は被害を免れ、創建時の姿を今日に伝えてくれている。

現在、文章の作成に充分な時間を取れないので、まずは訪問時に撮影した写真を中心にアップし、文章は暇を見て補足していこうと思う。

Google Map 日本語版のアミアンの地図はこちら
Wikipedia 日本語版のアミアンの項はこちら
Wikipedia 日本語版のノートルダム大聖堂 (アミアン) の項はこちら
上の写真:アミアン大聖堂内陣の彫刻

以下の写真は2007年2月撮影(一部を除く)

アミアンの鉄道駅の向かいにそびえるペレ塔。
1944年のイギリス空軍による爆撃によって鉄道駅の周辺地区は破壊し尽くされた。アミアン復興のシンボルとして、1952年に駅前に建設されたのがこのペレ塔である。塔の名は、設計者のオーギュスト・ペレにちなんでいる。ペレは駅前広場全体も設計した。この塔は高さ110メートルで、長らく西ヨーロッパ随一の高層建築だった。現在は航空灯台の役割も果たしているとのこと。

鉄道駅から大聖堂へと向かう途中の風景

大聖堂の後陣部分の南側の遠景。屋根までが極めて高いことがわかる。

大聖堂の南側の遠景。身廊部分の屋根が高く、西面(左側)の鐘塔とあまり高さの差がないことがわかる。

ソム川 La Somme と大聖堂(左奥)。(Wikipedia より)

大聖堂西側正面。鐘塔の高さは 68m  (パリのノートルダム大聖堂の鐘塔の高さは 69m, ただしランス大聖堂の鐘塔の高さは 81m ある)。幅は48.78m (パリの大聖堂は 43.5m, ランス大聖堂は 48.80m)。

西正面低層の彫刻群

身廊は巨大な空間を作り出している。横幅も広い上に、天井 (穹窿) までの高さは、フランス国内で最も高い42.3m. (ランス大聖堂 38m, シャルトル大聖堂 37m, パリのノートルダム 33m, ストラスブール大聖堂 31m. ただし未完成のボーヴェ大聖堂は 51m に及ぶ。 アミアン大聖堂を模して建設が開始されたドイツのケルン大聖堂の身廊の高さは43.5m. )

身廊から西側 (正面側) を見る

北東側からの眺め。樹木の葉が落ちている季節だったため聖堂の全景が確認できた。

北側

北西側からの眺め

大聖堂後陣周歩廊の彫刻群

同上

同上

同上

後陣周歩廊の「泣く天使」(拡大写真はこちら

(2019年1月4日)