自己紹介

 

身分・専門 (Occupation actuelle & spécialité [French])
身分:
名古屋大学 名誉教授(2017年4月1日より)
(2017年3月まで名古屋大学 大学院国際言語文化研究科 国際多元文化専攻 多元文化論講座、および名古屋大学 教養教育院 フランス語科に所属)

研究分野: 近現代フランス思想

連絡先 (Coordonnées [French])
E-mail: ino@nagoya-u.jp
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最終学歴
1987年6月  パリ第一大学大学院 哲学研究科博士課程修了(哲学史専攻)、博士(課程博士、哲学史)

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フランスと私 

私は高校、そして大学の低学年から、思想・文学、さらにはさまざまな形の文化に興味を持ちました。外国の思想・文学、あるいは文化一般への関心も高まり、その中でも、厚い文化的蓄積を持つフランス文化圏に惹かれました。第二外国語として学んだフランス語の魅力もその気持ちを強めました。当時、1970年代はまだ東西冷戦の只中でしたが、そうした世界の中でフランスが占めていた独自の位置も、フランスへの関心を高めることにつながりました。

当時は日本を含むいわゆる西側世界で、思想的・政治的な活動が高揚した時期でもあり、私もそうした影響の下で学生時代を送りました。フランスの思想界も大変活発で、日本でも「フランス現代思想」がもてはやされていました。私も学部生の時期にその洗礼を受けました。

そうした中でフランス文学を専攻することにし、大学院に進学し、結局、18世紀思想の研究へと向うことになりました。当時の華々しく活躍していたフランスの思想家たちの多くは思想史から着想していました。そこから私は、西洋、特にフランスの思想史を学ぶ必要性を感じました。当時の私が、19世紀観念論以降の西洋近代の哲学・思想を相対化し批判する必要を漠然と感じていた、という事情もあります。こうして、フランスにおいて思想の世紀であり、経験論的思考が優勢であり、近代に基盤を提供した18世紀に興味を持つことになったのです。私は東京都立大学で学びましたが、当時の都立大には、思想・文学関係の多彩な先生方がおられ、そうした先生方の影響も受けました。

なお、私は自分の研究を「思想史研究」と考えています。私の場合、真理を探究しようとか、そこまでいかなくても精神のあり方を探究しようとかいう意識はやや薄く、「哲学」よりは「思想史」と言った方が適当だと考えています。

私がまず向ったのはシャルル・ボネ(1720 – 1793)という、フランス語圏ジュネーヴの博物学者にして、感覚論の哲学者でもあった人の研究です。当時の日本におけるフランス18世紀思想・文学の研究は何といってもルソーの研究が中心でした(社会関係では、フランス革命の研究も盛んでした)。こうした中で、私は日本におけるフランス18世紀研究の対象領域を広げたいと感じました。当時は、有名な『百科全書』を編纂したことで知られるディドロの研究へ向かう人も増え始めていました。

なぜボネだったかですが、アーサー・O・ラヴジョイ(1873 – 1962)という思想史家は『存在の大いなる連鎖 The Great Chain of Being 』(1936)という著作で、淵源をプラトンにまで遡る「存在の連鎖」という観念の歴史を研究していました。神はあらかじめ、あらゆる可能な被造物を創造し、それら被造物は一つの大きな「存在の連鎖」を形作っている--この著作はこうした観念の歴史を跡づけたものです。一方、当時のフランスの論壇で華々しく活躍していたM.フーコー(1926 – 1984)は、『言葉ともの Les mots et les choses 』(1966)で、ヨーロッパの「古典主義時代」(=17-18世紀)の思想の性格と意味について独創的な見解を示していました。私はこれらの著作に知的刺激を受けましたが、シャルル・ボネはどちらの著作にも登場していました。

他方で私は、経験論と、それを継承する感覚論哲学にも興味を抱きました。この哲学の代表的存在はコンディヤック(1714 – 1780)であり、彼を研究することも考えました。ただ、ボネは感覚論哲学者の一面を持っており、まずはボネを研究しようと考えました。
私は、博物学者であり、熱心なクリスチャンでもあったボネが来世を自然的に解釈しようとした「新生論」の分析などから、ボネの人間理解の研究へと進み、道徳論などを分析しました。これによって、私のボネ研究は彼の感覚論哲学に分け入るべきところまで到達したことになります。ここからは、他の感覚論者、とりわけコンディヤックの感覚論と比較することで、研究を深めることができると思われました。そこで私は、かねてより考えていたコンディヤック研究を開始し、現在に至っています。

ただし、上にもふれたように、現代の多くの思想家が18世紀の思想に言及していましたから、彼らにも注意を払う必要がありました。結果として私は、特にフーコーとデリダという二人のフランス現代の思想家を読むことになりました。フーコーについては上にふれましたが、ジャック・デリダ(1930 – 2004)も、ルソーをはじめとして18世紀フランス思想を論じています。さらにデリダは、43歳の時のコンディヤックについての小著によってコンディヤック研究を一新し、飛躍させました。彼のコンディヤック論を理解するためにも、彼の思想を学ぶことを求められたわけです。デリダがコンディヤックを論じた著作は、私が『たわいなさの考古学』(人文書院、2006)として翻訳出版しました。

現在、私はコンディヤック研究をまとめ、次いで、ボネや、次世代の「観念学派」といった関係する思想との比較研究を進めるべき段階にいます。これも、若い頃、フランス語とフランス文化に興味を持ったことの延長上にあります。

フランス文化は豊饒です。この文章を読まれる方々にも、ぜひ自分にとってのフランス文化を見つけていただきたいと思います。

(2017年3月30日更新)

 

マルセーユ Marseille におけるかつての一般施療院(Hôpital général)、
ヴィエーユ・シャリテ(Vieille Charité, 旧慈善院)
マルセーユ紹介のページを参照のこと)

 

フランス・ブルターニュ地方カルナックの列石。
手前の道路脇にはテーブル状に組まれた石であるドルメン Dolmen も見える。
(「先史遺跡から考えるフランス人の文明観」を参照のこと)

 

〔背景〕 ナンシー Nancy のスタニスラス広場 Place Stanislas

 


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