親指シフト入力、私の場合

 

日本語ワードプロセッサが登場して以来、私は一貫して親指シフト方式で日本語の入力を行っている。この方式のすばらしさ、それによる日本語入力の合理性(つまり速さ)については、本サイトの「私のこだわり--親指シフト日本語入力」のページのリンク先などを見てほしい。職場(名大)でもほとんどの人はローマ字入力をしているが、親指シフト入力を使わないでいるのにはもったいないと感じている。

個人向けワープロが普及しはじめていた1987年に、私は初めてのワープロとして、富士通製個人向けワープロ専用機 OASYS Lite F-ROM 10 (1987) の、キーボードが親指シフトタイプのものを購入した。モノクロの10行表示のディスプレーが付いていた。購入に当たっては、事前に友人から親指シフトについての知識を得ていた。この友人には今でも感謝している。

その後、1994年になって職場でパソコンを本格的に使い始めた。(それまでにも一応、親指シフトキーボード付きの富士通製ノートパソコンを導入していたが、ハードディスクも積まず、もっぱらポータブルタイプのワープロとして使っていた。)1994年に導入したパソコンは富士通のFMV466D というデスクトップで、独立した親指シフトキーボードと組み合わせて使った。この機種は、富士通がアメリカなど国外のパソコンとの互換機をFMVとして売り始めた最初だった。この時期は、それまで国外機と互換性がなかった国産パソコンが互換機へと移行する時期だった。私はフランスを専門とすることもあり、互換機を使うことを望んでいたが、一方で、親指シフト入力をやめる気はまったくなかった。先に出始めていた日本の他社の互換機でも親指シフトキーボードを使う方法があるらしいことはわかっていたが、私はパソコンに詳しいわけでもなく、親指シフトをサポートしている富士通の互換機が出るのを待つことにした。こんなわけで、私がパソコンを本格的に使い始めたのは、仕事仲間と比べると大分遅くなった。

この初代FMVは個人では手が出ないほど高価だった。私は職場で使うということで導入できた。次のシーズンには大幅値下げがされ、個人でも購入できる価格帯に入ってきたと記憶している。私は、ワープロ専用機、パソコンともしっかり使ってから買い換えている が、それでも今日までに大変な数のマシンとつきあったことになる。親指シフトはワープロからパソコンへの移行がうまくいかず、その後むしろマイナーな存在になってしまったように思えた。私は富士通のパソコンを中心に使っているが、これには、富士通を守り立てて、親指シフトにも配慮してもらいたいという心理が働いていた。私が現役であるうちはもちろん、次の世代にも親指シフトが使い継がれ、製品も供給されていくことを願っている。

ところで、今春、私のホームページをリニューアルすることにして、以前からの「親指シフト日本語入力」というページの内容が、更新を怠っていたために、古くなってしまっていることを実感した。親指シフトの愛好家たちがこの入力方式について語り合っている場所も変化していることに気づいた。フェイスブック上に「親指シフト 公開グループ」が誕生して活発に交流していることを知った。私も、以前からフェイスブックに登録はしていたので、さっそく「参加」させてもらった。フェイスブックにアクセスすると、このグループからの情報が配信・表示される。なかなか便利だと思う。また、フェイスブックの実名制も現実の世界に根ざすリアリティが感じられていいと思う。

このグループに参加してみて、新たに親指シフトを始めようという人も少なからずいること、物理的に「親指シフトキーボード」を導入するのではなく、普通のキーボードを使いながら、「エミュレーション」(本サイトの「親指シフト日本語入力」のページ参照)で親指シフト入力をしている人が多いこと、なども知った。フェイスブックなどの新しいツールも十分に活用して、親指シフト入力も新たな飛躍を遂げてほしいと願っている。

 

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