3月: 名古屋城天守閣の木造復元 2

 

2019年3月はこのサイトの固定ページには特に変化はありません。

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およそ2年前の2017年4月21日、私は本欄で「名古屋城天守閣の木造復元」という文章を書きました。以下の文章は、あらためて名古屋天守の木造復元についての私の考えを記したものです。

名古屋城天守は木造による復元が計画されていますが、そこにエレベーター (EV) を設置すべきという要望が出て、現在議論が続いています。私はバリアフリー化に賛成ですが、城の本来的な構造そのものに大きな影響を与えるEVではなく、史実に忠実に復元した城に追加する形での方策を進めてほしいと思っています。近世のものである天守の骨格部分に現代の技術の産物であるエレベーターが割り込むような、私に言わせれば異形な城を作ってほしくはありません。

ヨーロッパなどで歴史的建造物にEVが設置されている例が持ち出されることもありますが、設置のされ方が厳密に検証されずに持ち出されることが多いようです。日本の城の「天守」に相当するものは、ヨーロッパでは Keep あるいは Donjon と呼ばれるものです。厳密には、日本の「天守」より時代的に先行しているのですが、その点については今は問題としません。この Keep (Donjon) が史跡として整備される中で、エレベーターが設置された例があるか、ネットによってですがいろいろ調べてみましたが、設置例は見つかりませんでした。断言はできませんが、Keep (Donjon) へのEVの設置例はない可能性が高いです。

ヨーロッパでは後に、言葉は「城 castle, château 」のままでも、実体としては「城館」の時代に入ります。対象をこうした城館、さらには18世紀あたりまでの歴史的建造物一般へと広げても、ヨーロッパには極めて多数の歴史的建造物が残されていますが、その中で、EVが設置されたものはごくわずかです。また、設置されている場合も、名古屋城天守よりはるかに巨大・広大か、低層の建造物です。ローマのコロッセオは前の条件、ヴェルサイユ宮殿は両方の条件に合致します。どの場合も、建造物全体に対してEVが与える影響は相対的に軽微です。名古屋城天守の木造化を推進し、EVの設置には否定的な名古屋市の河村たかし市長も、「中国の万里の長城にはEVがあるが、延々と続く長城の一部なので本物性を壊すものではない」(2018年8月11日付毎日新聞)と同じことを指摘しています。

名古屋城天守は、日本では特段の価値があるために復元しようとしています。その天守の中心部分を低層から高層までEVで貫くことは、上のヨーロッパでのEV設置例とは比較にならない、極めて大きな改変であると思います。

なお、名古屋城天守は「再建」(いわば新築建築)じゃないか、という見方については、私は、史実に基づいて復元される天守は極めて本物に近いものだと考えています。河村市長も「復元は新築ではない」と指摘しています(上記毎日新聞)。ところが、EV設置派の人々の多くは、文化財の復元の問題を、新築建築のバリアフリーの問題としてとらえてしまっています。東洋大の高橋儀平氏はその例です(上記毎日新聞)。朝日新聞の名古屋地域面で、2018年8月23日から27日にかけて5回にわたり掲載された「名古屋城問題考」というインタビュー・シリーズでEV設置に賛成している人たちも同じ傾向です。

そうなのでしょうか。石と比べれば、木材はやはり脆弱です。法隆寺にしても、次の1000年、今までの木が持ちこたえるかわかりません。いたんだ部分の木材は入れ替えていくかもしれません(日本の木造の歴史的建造物ではすでにやっていることではありませんか?)。あるいは、それまでの木材に樹脂などを注入して補強することになるかも知れません。そうしていくうちに、将来の法隆寺には、創建当時のままの木材は残っていなくなるかもしれません。そのとき法隆寺はもう「本物」ではなくなるのでしょうか。そう考えたくはありません。では、なにが本物として残るのか。法隆寺の創建に込められた思想であり、それを体現した意匠であり、工法・技術であり、トータルな姿、さらに言えばイデアだと思います。素材を超えるものです。

名古屋城天守は不幸にも消失してしまいました。ヨーロッパなら素材(石)が残るところ、何も残っていません。では復元するものは何か。名古屋城天守の本来の姿ではないでしょうか。17世紀の残存する石垣に、17世紀当時の天守の姿を復元すること、これが出発点だと思います。

今の金閣寺の金閣(舎利殿)は復元ですが、金閣を前にして、「本物じゃないじゃないか」という考えは私には浮かびません。それは、庭園と復元された金閣とで、金閣寺の「本来の」思想が出現しているからではないかと思います。名古屋城天守にもそうなってほしいと思います。バリアフリーはそこから出発すべきです。17世紀の「姿」をまず保存し、21世紀のバリアフリーの思想はそこへの「追加」の形をとってほしいです。エレベーターの設置はそれ自体が復元天守を大きく毀損してしまうものだと私は思います。エレベーターで17世紀の「姿」「イデア」を壊してしまってはいけません。

訪問者と復元天守を災害から守る技術、復元天守を脇から、裏から支える新技術はもちろん導入すべきと思います。バリアフリー対策も多方面から知恵を出してほしいと思います。また、可能な範囲で、階段を史実より広くする、増設するなどしても、EVよりは建物の改変の度合いははるかに低いのではないかと思います。一方、車いす利用の方も、車いすを乗り換えれば、天守への改変の度合いがエレベーターより低い形でバリアフリー対策を実現できる、ということであれば、車いすを乗り換える労をとってもらえればと思います。

 

 

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