アルル Arles

 

2015年9月、南フランス・プロヴァンス地方のエクサンプロヴァンス Aix-en-Provence(エクス Aix)にほぼ一ヶ月間滞在する機会を得た。所属する名古屋大学とエクス・マルセーユ大学の学術交流の一環であったが、予定した仕事をすませた9月末には、エクスからバスで一時間ほどで行くことができる同じプロヴァンス地方のアルル Arles を訪れた。この時に撮った写真で町の様子を紹介しよう。(撮影: 2015年9月、一部写真は Wikimedia より)

アルルの現在の人口は52,000人ほど。河口近くのローヌ川に面した町である。紀元前6世紀に、ギリシャ人、次いでケルト人が定住し、アレラーテ Arelate と呼ばれるようになった。紀元前123年にはローマ人が支配することとなり、ローマ時代を通じて重要都市であった。フランク王国(後に帝国)の三分時には中フランク王国に属したが、曲折を経て、933年に独立国ブルグント王国(別名、アルル王国)の首都となった(フランク王国の拡大以前の旧ブルグント王国とは別)。1032年、この王国は神聖ローマ帝国に統合された。1125年、この地方(プロヴァンス地方)は南北に分割され、アルルは南のプロヴァンス伯領に属した(首都はエクサンプロヴァンス)。その後、プロヴァンス伯領はフランス王が相続することとなり、結局、1486年に正式にフランス王国に組み込まれた。近代以降も長らく主要な港町であったが、19世紀以降は、水運の衰えとともに発展に取り残されてしまったらしい。現在は小ぢんまりとした観光都市となっているようだ。(以上、百科事典、Wikipedia などから構成した。プロヴァンス地方の歴史について、より詳しくは別稿「アヴィニョン見聞記」を参照願いたい。)

現在、この町の歴史的建造物は「アルルのローマ遺跡とロマネスク建造物」として世界遺産に登録されている(1981年登録、Wikipedia 日本語版の該当項目はこちら)。この町はまた、19世紀末には画家ゴッホが滞在し制作したことで有名であるほか、ビゼーの楽曲「アルルの女」にも町の名をとどめている。

Google Map 日本語版のアルルの地図はこちら
Wikipedia 日本語版のアルルの項はこちら
ページ上部の写真:円形闘技場の上層部から眺めるアルル旧市街の建物の屋根とローヌ川

CIMG0915 (745x1024)レピュブリック〔共和国〕広場 Place de la République.
正面が市庁舎。右奥がサン・トゥロフィーム教会 Église Saint-Trophime.

CIMG0919 (1024x768)レピュブリック広場に面するサン・トゥロフィーム教会(11世紀の創建)。
プロヴァンス地方のロマネスク様式の代表的教会。

CIMG0925 (1024x768)同教会の正面レリーフの右側部分。
地獄へ送られた人々が鎖につながれ火に焼かれている。

CIMG0944 (1024x768)同教会の回廊

CIMG0942 (1024x768)回廊と中庭

CIMG0948 (1024x768)中庭(左下)に臨む二階の回廊

CIMG0957 (1024x768)古代ローマのフォールム(公共広場)の地下回廊。
レピュブリック広場に面する市庁舎の中に地下への入り口がある。紀元前1世紀の
建造で、アルルのローマ遺構の中で最も古いものとのこと。

CIMG0974 (1024x768)古代劇場(紀元前1世紀末建造)の遺跡。かつて舞台のあった位置にて。19世紀に現在の形に復元されたというが、舞台部分がほとんど残っていない上、観客席部分も低層部分が残っているにとどまる。有名な「アルルのヴィーナス」の彫像(現在ルーヴル美術館蔵、Wikimedia の画像はこちら)はこの場所で1651年に発見された。

CIMG1014 (1024x768)古代劇場の復元模型。
県立古代アルル博物館 Musée départemental Arles Antique の展示物。

CIMG0981 (1024x768)円形闘技場 Amphithéatre. 紀元1世紀末頃の建造。フランス国内に残る
最大の古代闘技場とのこと。 外壁は上辺が削られたようだが、二層のアーチ構造は
ほぼ古代のままの形を保つ。古代劇場側のやや高台になっている所からの撮影。

CIMG0986 (640x480)闘技場の内側。古代には、現在のスタンド上部の仮設席以上の高さまで石造りの
座席があった。闘技場であるため、現代の各種競技場を知っている立場からは意外に
狭い印象。はるか以前の留学生時代に訪れたローマのコロッセウムも、客席部分は
もっと高さがあったが、同じように狭い印象を受けた記憶がある。

CIMG1016 (1024x768)円形闘技場の復元模型。古代アルル博物館の展示物。

CIMG0995 (1024x768)コンスタンティヌス共同浴場 Thermes de Constantin.  紀元4世紀の建造という。

CIMG1000 (1024x768)同浴場遺跡の内部。

CIMG0998 (1024x768)同浴場内部の床面に貼られた解説パネル(写真をクリックすると拡大できます)。

古代アルル博物館の同浴場の復元模型 (別画像はこちら)

CIMG1009 (1024x768)古代のアレラーテ(アルル)市街地の模型(古代アルル博物館)。右側が北になる。
円形闘技場と劇場の間の大通りの正面がフォールム。このフォールムの地下に
上に見た地下回廊が位置したことになる。現在、このメインストリートを含め、当時の
街路・建物は基本的に跡形を留めていない。 写真右側のローヌ川にかかる橋は
平底船を連結した浮橋だった。

CIMG1025 (1024x768)2011年にローヌ川から引き上げられたローマ時代の木造の平底船。
全長は31メートルに達する。古代アルル博物館にて。

CIMG0969 (1024x768)アルルはゴッホ(フランスではヴァン・ゴッグと呼ぶ)の町でもある。
夜のカフェテラス』のモデルとなったフォーロム広場 Place du Forum のカフェは、
現在 「カフェ・ヴァン・ゴッグ」と名乗っている。

Arles-PlaceDuForum (1024x768)同じフォーロム広場の冬の風景(Wikimedia より)。
右の建物の壁にはまり込んでいる二本の柱はローマ時代のフォールムの遺構だという。
位置的にこの広場は古代のフォールムの北端だったのかもしれない。

CIMG0912 (1024x768)写真左下部分のパネルで紹介されている『アルルの病院の庭』に描かれた中庭が
復元され、現在は「エスパス・ヴァン・ゴッグ」として公開されている。

CIMG1037 (1024x768)ローマ時代に遡る墓地アリスカン Les Alyscamps.
現在は、廃れた教会に至る500mほどの参道が残っているだけのようだ。写真はその
参道を入り口方向を振り返って撮影したもの。 写真中のパネルで紹介されている
ゴッホの絵はここで描かれた。なぜ参道に石棺が並ぶ形式なのか、などは
不勉強のため不明。 かつてこの墓地にあった浮き彫りの施されたローマ時代末期の
価値ある多くの石棺は古代アルル博物館に移されている(写真はこちら)。

CIMG1033 (1024x768)アリスカンの参道の奥に建つサン・トノラ教会 Église Saint-Honorat.
現在は使われていない。

(2016年2月20日)